【「不在の選挙」展 第五声】
ライターをしております、ヨネザワエリカと申します。
以下、5番目の声明を掲載させていただきます。
///
ある集まりからの帰り際、アーティストの北川貴好さんに「選挙に関わる展示を行いたいんだけど手伝ってくれますか」と呼び止められたのが数日前です。気が付くと私は立会人となり、このような声明を書くはめになってしまいました。
これはヨネザワエリカに対して、いち立会人として求められた「選挙」に関する声明です。個人の意見としてお受け取りいただければ幸いです。というのも、私は墨田区内にある鳩の街通り商店街の青年部部長を任されております。また、その他様々な活動(墨東まち見世や39アートin向島というアートプロジェクト、すみだ川ものコト市というクラフト市など)に関わっており、かつ会社員でもあります。この声明はいかなる団体の意見をも代弁しているものではありません。あくまで個人としての声明です。
◆
選挙はいくつか挙げられた選択肢(立候補者/政党/そして政策)から選ぶことを求められる政治参加です。選択肢そのものを作ることは、選挙を通じては叶いません。ところで、私が所属する商店街の理事長は毎週のように区役所へ足を運んでいます。彼は美容室を営んでいるのですが、その休みの日に、いえ、休みの日だからこそ時間を使って。区役所の職員と会話を重ね、様々な情報を交換し(取得し/与える)、墨田区の商店街全体にとって有意義な区政を実現しようとしています。これも選挙と同様に実行力のある政治参加です。こうした活動を通じた政治参加の機会を得ることは、とても難しい/限られた機会なのでしょうが、獲得できないことではないでしょう。恐らく。
選挙を軽視しようとしているわけではありません。政治参加の手段はいくらでもあると言いたいのです。
「選挙の結果に落胆しすぎるより、もっと身近なところで変えることができないかと考えた方がいいんじゃない」ということや「地域に関わると、案外こうした政治参加の形態を見つけることができるから面白いよ!」ということをお伝えしたいのです。政治参加の意識を高めるという点でも、商店街や町会、様々な地域活動に参加するということは良いかもしれませんね。「選挙で世界を変えよう」と声高に叫ぶだけではなく、「地域に関わろう」などと言ったほうがよっぽど世界は変わるんじゃないかと思います。
(地域に関わることで、今自分が住んでいる地域が特定の政党に偏っているであるとか、男性社会的な常識がこびりついているであるとか、落胆や絶望に近い感覚を覚えることがあるかもしれません。しかし関わるということは、そのこびりつきをふやけさせ柔らかくする機会に近づくということでもあります。)
◆
ところで、「不在の選挙」展に参加するアーティストの数が増え続けています。それだけ北川貴好さんのテキストは意義深い。facebookやtwitterで情報が広がるにつれて、参加作家だけではなく他の参加者(この場合は鑑賞者)も増えています。 今、この展覧会は集団を作りつつあります。 このことについて自覚的にならざるを得ません。
当初私は、展覧会を手伝うことで墨田区における文化活動の幅広さ/深さ/面白さを伝えることができる、という事実に関わる動機がありました。次に、展覧会のコンセプトに共感することもあり、立会人としての声明文発表に同意しました。参加作家に名のある方々が増えるにつれて、そしてこの展覧会が注目されるにつれて、私は、自身の承認欲求がくすぐられていることに気づきました。
人は所属する集団が大きくなればなるほど、個人としての考えよりも集団を重視するようになります。集団は個人に勝ります。 私は自戒をこめて、この声明文で自らの意識の一時的な変化を告白します。
◆
長くなりましたが、私の声明文は以上です。選挙を政治参加と捉え、選挙以外の参加の形式について述べさせていただきました。また参加を通じて変容する個人の意識についても触れさせていただきました。
まあとにかく、私はあくまで立会人でございます。作品の出展はいたしません。告知や当日のサポートといった裏方を行う立会人です。「不在の選挙」展への皆さまのご参加をお待ちしております。
2016年7月6日
不在の選挙 第五声 担当者 ヨネザワエリカ
ライターをしております、ヨネザワエリカと申します。
以下、5番目の声明を掲載させていただきます。
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ある集まりからの帰り際、アーティストの北川貴好さんに「選挙に関わる展示を行いたいんだけど手伝ってくれますか」と呼び止められたのが数日前です。気が付くと私は立会人となり、このような声明を書くはめになってしまいました。
これはヨネザワエリカに対して、いち立会人として求められた「選挙」に関する声明です。個人の意見としてお受け取りいただければ幸いです。というのも、私は墨田区内にある鳩の街通り商店街の青年部部長を任されております。また、その他様々な活動(墨東まち見世や39アートin向島というアートプロジェクト、すみだ川ものコト市というクラフト市など)に関わっており、かつ会社員でもあります。この声明はいかなる団体の意見をも代弁しているものではありません。あくまで個人としての声明です。
◆
選挙はいくつか挙げられた選択肢(立候補者/政党/そして政策)から選ぶことを求められる政治参加です。選択肢そのものを作ることは、選挙を通じては叶いません。ところで、私が所属する商店街の理事長は毎週のように区役所へ足を運んでいます。彼は美容室を営んでいるのですが、その休みの日に、いえ、休みの日だからこそ時間を使って。区役所の職員と会話を重ね、様々な情報を交換し(取得し/与える)、墨田区の商店街全体にとって有意義な区政を実現しようとしています。これも選挙と同様に実行力のある政治参加です。こうした活動を通じた政治参加の機会を得ることは、とても難しい/限られた機会なのでしょうが、獲得できないことではないでしょう。恐らく。
選挙を軽視しようとしているわけではありません。政治参加の手段はいくらでもあると言いたいのです。
「選挙の結果に落胆しすぎるより、もっと身近なところで変えることができないかと考えた方がいいんじゃない」ということや「地域に関わると、案外こうした政治参加の形態を見つけることができるから面白いよ!」ということをお伝えしたいのです。政治参加の意識を高めるという点でも、商店街や町会、様々な地域活動に参加するということは良いかもしれませんね。「選挙で世界を変えよう」と声高に叫ぶだけではなく、「地域に関わろう」などと言ったほうがよっぽど世界は変わるんじゃないかと思います。
(地域に関わることで、今自分が住んでいる地域が特定の政党に偏っているであるとか、男性社会的な常識がこびりついているであるとか、落胆や絶望に近い感覚を覚えることがあるかもしれません。しかし関わるということは、そのこびりつきをふやけさせ柔らかくする機会に近づくということでもあります。)
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ところで、「不在の選挙」展に参加するアーティストの数が増え続けています。それだけ北川貴好さんのテキストは意義深い。facebookやtwitterで情報が広がるにつれて、参加作家だけではなく他の参加者(この場合は鑑賞者)も増えています。 今、この展覧会は集団を作りつつあります。 このことについて自覚的にならざるを得ません。
当初私は、展覧会を手伝うことで墨田区における文化活動の幅広さ/深さ/面白さを伝えることができる、という事実に関わる動機がありました。次に、展覧会のコンセプトに共感することもあり、立会人としての声明文発表に同意しました。参加作家に名のある方々が増えるにつれて、そしてこの展覧会が注目されるにつれて、私は、自身の承認欲求がくすぐられていることに気づきました。
人は所属する集団が大きくなればなるほど、個人としての考えよりも集団を重視するようになります。集団は個人に勝ります。 私は自戒をこめて、この声明文で自らの意識の一時的な変化を告白します。
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長くなりましたが、私の声明文は以上です。選挙を政治参加と捉え、選挙以外の参加の形式について述べさせていただきました。また参加を通じて変容する個人の意識についても触れさせていただきました。
まあとにかく、私はあくまで立会人でございます。作品の出展はいたしません。告知や当日のサポートといった裏方を行う立会人です。「不在の選挙」展への皆さまのご参加をお待ちしております。
2016年7月6日
不在の選挙 第五声 担当者 ヨネザワエリカ